3行要約
- 日本のシーシャ市場は2016年前後の黎明期を経て2021〜2023年に急拡大したが、2023年を境に供給過多による閉店ラッシュへ転じ、「拡大→淘汰→再編」のサイクルを一巡させつつある。
- 業界2大巨頭の一角チルイン運営「チル株式会社」は2024年9月の民事再生申請、2025年5月の再生計画認可、同年12月の廃止決定を経て2026年3月2日に破産手続開始決定を受けた。負債総額は申立時約2億8,000万円から破産時点で約2億5,000万円と報じられている。
- チルインの退潮と入れ替わるように、C.STAND(運営:株式会社FS.shake)など飲食チェーン系の新興ブランドが多店舗化を進め、業界内ではM&Aの相談が増えていると複数の業界メディアが指摘する。
拡大期:コロナ禍明けの急成長
日本のシーシャ(水たばこ)カフェ・バーは、2011年3月に高円寺で1号店を開いたチルイン、およびNORTH VILLAGEといった先駆的ブランドが2010年代前半から都心繁華街で店舗を広げてきたのが業界の出発点だ。チルインは2012年2月に渋谷センター街店、2013年3月に池袋店を開き、3店舗体制を確立している。
業界全体の拡大が加速したのはコロナ禍が明けた後だ。業界メディアの調査では、2022年4〜5月時点で全国のシーシャ店舗数は約1,013店(うち東京都368店)に達し、同時期のスターバックス東京都内店舗数381店(2022年6月末時点)に迫る水準だったという。その後も拡大は続き、2023年初めには全国の店舗数が約1,380店まで急増したとされる。この局面でチルインは2020年10月時点で直営13店舗、2021年4月時点でグループ18店舗まで拡大し、NORTH VILLAGE(現在27店舗規模とされる)と並ぶ業界の2大巨頭と位置づけられていた。
飲食業経営のノウハウを持つ既存企業の参入も相次いだ。焼き鳥・水炊き店を60店舗以上展開してきた株式会社FS.shakeは2021年7月に低価格帯業態「C.STAND」を立ち上げ、2023年1月時点で13店舗まで拡大したと自社発表している。2021年10月にローンチした新興ブランド「Musch」も2023年5月時点で10店舗を展開し、開設ペースは約34日に1店という急速さだったと報じられている。
転換点:2023年からの供給過多と閉店ラッシュ
急拡大の裏側で、業界は早くも供給過多の兆候を見せ始めていた。業界メディアの分析では2023年が潮目の変わった転機とされ、新規参入の増加が過当競争を招き、不採算店舗の淘汰が本格化したと指摘されている。2023〜2024年にかけて多数の店舗が閉店・撤退に至ったとされ、業界関係者の間では「2025年までに店舗数が半減する可能性がある」との観測も語られていたというが、これはあくまで関係者の見立てで公的統計による裏付けはまだ確認できていない。
この構造変化を象徴するのがチルインの経営悪化だ。チル株式会社の売上高は2022年7月期に約9億4,200万円だったが、競合店の増加で2023年7月期には約8億2,800万円まで減少。同社は一部債権者との訴訟トラブルを抱える中で預金や売掛金を仮差押えされ、資金繰りが急速に悪化したと報じられている。
チルイン、民事再生から破産へ
チル株式会社は2024年9月5日、東京地方裁判所に民事再生手続開始を申立て、同月11日付で開始決定を受けた。申立時点の負債総額は約2億8,000万円、債権者数は約61名。渋谷・新宿歌舞伎町・池袋・錦糸町など都心繁華街の12店舗は申立後も全店営業を続けていた。
同社は2025年5月に再生計画の認可を受けたものの、計画認可後の実際の売上が想定を大幅に下回り、2025年12月に再生手続の廃止決定を受けるに至る。そして2026年3月2日、東京地裁は同社に対する破産手続開始決定を下した。この時点での負債総額は約2億5,000万円と報じられている(帝国データバンク調べ)。設立から10年余り、業界の草分けとして拡大期を牽引した企業が市場全体の縮小局面の中で経営破綻に至った経緯は、日本のシーシャ業界の10年間の変遷を象徴する事例として業界メディアで繰り返し報じられている。
新興勢力とM&Aによる再編
チルインのような先行大手が退潮する一方、C.STANDのように既存飲食チェーンの資本・オペレーション力を背景にした新興ブランドは拡大を続けている。低単価帯(ソフトドリンク60円〜、アルコール90円〜)を打ち出し、既存の飲食店網の顧客基盤を活用する戦略だ。もっとも、同社の最新の正確な店舗数は公式サイトの店舗一覧から確認できておらず、2023年1月時点の13店舗から現在までの推移は追えていない。
業界内では店舗の売買・譲渡に関する相談が「ここ数年増えている」との声が複数の業界関係者から上がっていると業界メディアは報じている。この分野の統計は公開されておらず、M&A件数の具体的な推移は確認できていないが、活発化の背景として業界メディアは、(1)事業売却という出口が見えるようになり新規参入のハードルが下がったこと、(2)仕入原価や固定客比率が読みやすく収益構造の予測がしやすいこと、(3)小〜中規模店舗で「ブランド+常連基盤」という評価軸が業界内である程度共有されつつあること、(4)市場が成長期終盤から成熟期へ移行しつつあることの4点を挙げている。
研究員の考察
日本のシーシャ市場の10年は、教科書的な「導入→成長→成熟(過当競争)→淘汰」のサイクルをほぼそのままなぞっている。特徴的なのは、その淘汰局面が抽象的な市場縮小としてではなく、業界の草分けであるチルインという固有企業の民事再生から破産に至る具体的な経緯として可視化された点だ。2024年9月の民事再生申請から2025年5月の再生計画認可、計画未達による同年12月の廃止決定、2026年3月の破産という約1年半の経過は、一度傾いた店舗ビジネスの再建がいかに難しいかを示す実例として記録に値する。
一方でC.STANDのように既存飲食業のオペレーションノウハウを持ち込む新興勢力が伸長している事実は、今後の業界再編が「シーシャ専業チェーンの純粋な多店舗展開」から「飲食業全体のポートフォリオの一部としてのシーシャ業態」へと重心を移しつつある可能性を示唆する。M&Aの活発化についても統計的な裏付けが乏しい以上は慎重な評価が必要だが、業界関係者の実感として複数のメディアが一致して報じている点は無視できない。今後、個別の売却・譲渡事例が公表ベースでどれだけ積み上がるか、チルインのような老舗ブランドの店舗・商標が誰に引き継がれるのかが、業界再編の実像を測る具体的な指標になるだろう。チル株式会社の負債総額の差異の内訳など、細部の数字はまだ確認しきれていない。