3行要約
- 2026年は水たばこ産業の「資本市場入り」の年になった。Al Fakherの親会社AIR Globalが5月18日にNasdaqへ上場(ティッカーAIIR)し、水たばこ専業初の上場プラットフォームが誕生。一方EUではTPD改正の意見募集、ドイツでは税を2030年までに3倍超へ引き上げる草案が業界の反発を呼んでいる。
- 供給網の裏側では品質問題も表面化した。7月にオマーンのバルカ地区で偽造シーシャフレーバー約13トン超(袋詰め10,509袋、製造用液体3,550kg、木くず10,024kg)が摘発され、需要拡大の裏で偽造品リスクが顕在化している。
- 市場規模の推計値には大きな幅がある。Verified Market Researchは水たばこ用たばこ市場を2024年時点で20億1,544万ドルと推計する一方、AIR Global自身は関連市場全体を150億〜190億ドル規模と見積もる。両者は定義が異なり単純比較はできない。
上場した水たばこ最大手
2026年最大の出来事は、Al Fakherの親会社AIR Global Plc(ドバイ、1999年設立)が米SPACのCantor Equity Partners IIIとの事業統合を経て5月18日にNasdaqへ上場したことだ(ティッカー:AIIR)。6月8日には投資家向けに財務指標を開示し、2025年12月末時点の純有利子負債が約2億6,800万ドルであることなどを明らかにしている。詳しい経緯と財務数値は当研究所の既報「Al Fakher親会社AIR Global、Nasdaq上場後初の財務指標を開示」で扱っているので、ここでは「水たばこ専業企業として初の上場事例」という産業地図上の位置づけに絞る。
水たばこ業界はこれまで非上場の家族経営企業やプライベートエクイティ傘下企業が中心で、四半期ごとの財務開示や資本市場の評価に晒される企業が存在すること自体が新しい局面だ。AIRはルーマニアでの新工場建設や独ブランドNamelessの取り込みなど、上場による資金調達を前提とした拡大戦略を進めており、他の大手非上場ブランドが同様の戦略を取るかが注目される。
規制の胎動 — EUのTPD改定とドイツの大幅増税
規制面では欧州が最も大きく動いた。欧州委員会は5月18日、たばこ製品指令(2014/40/EU)とたばこ広告指令の改正に向けた意見募集・公開協議を開始した(証拠提供期限6月15日、公開協議期限8月14日)。主眼は加熱式たばこやニコチンパウチなど新型製品への対応拡大とされ、水たばこ用たばこへの直接言及は確認できていないが、現行TPDが設けている成分規制・表示義務の一部適用除外規定が、指令全体の見直しの中で議論の対象になるかが注目される。詳細は既報「EU、たばこ製品指令(TPD)改正の意見募集を開始」を参照されたい。
これと並行して、EU域内最大級の水たばこ用たばこ市場であるドイツでは、連邦財務省がたばこ税法改正の草案を示し、税率を2027年から段階的に引き上げ2030年までに1kgあたり約56ユーロから188.46ユーロ(3倍超)に到達させる内容が明らかになった。業界団体BVWTは小売価格が1kgあたり250〜300ユーロに達し「この価格水準では誰も合法的に生産・販売できなくなる」と強く反発している。EUレベルの規制議論と加盟国単位の税制強化が同時並行で進んでいる点が、2026年の欧州における水たばこ規制の特徴と言える。詳細は既報「独・水たばこ税、2030年までに3倍超へ引き上げ案」で扱っている。
摘発された偽造品 — オマーンの13トン超押収
需要拡大の裏では、供給網の質的な問題も表面化している。7月12日、オマーンの消費者保護庁(CPA)は王立オマーン警察と連携し、首都圏近郊バルカ(Barka)地区の一般住宅を摘発した。住宅内では有名ブランドを装った偽造トレードマーク付きの袋にフレーバー付きシーシャ用たばこを詰める違法製造が行われており、押収されたのはフレーバー付きシーシャ用たばこ10,509袋、製造用液体3,550kg、本来ペット用敷材として使われる木くず10,024kgと、合計13トンを超える規模だった。作業中だったアジア系労働者4人が現行犯で確保され、消費者保護法および商業詐欺対策法違反の容疑で司法当局への送致手続きが進んでいる。
注目すべきは「ペット用の木くずを液体・香料と混ぜて再包装する」という手法が含まれていた点だ。正規メーカーの製造工程とはかけ離れた衛生水準の低い方法であり、偽装された「有名ブランド」の商標を信頼した消費者が、実際には未知の混合物を吸引するリスクに晒されていたことになる。どのブランドの商標が偽装されていたかは、参照した報道では明らかにされていない。オマーンではここ数年、電子シーシャの販売禁止など水たばこ関連規制が段階的に強化されてきた経緯があり、正規流通が絞られる中で違法な地下製造が発生する構図は、他の規制強化地域でも警戒すべきパターンとして参考になる。
市場規模の実像 — 推計値の幅とその理由
世界の水たばこ・シーシャ市場の規模は、調査会社によって示す数値に大きな幅がある。Verified Market Researchは「Hookah Shisha Tobacco Market」を2024年時点で20億1,544万ドル、2032年には30億211万ドルに達すると推計し、2026〜2032年のCAGRを5.20%とする。一方AIR Global自身は投資家向け資料で、水たばこ・シーシャの世界市場規模を150億〜190億ドル、2025〜2030年の年間成長率を4〜6%と見積もる。両者には一桁近い開きがあるが、前者がたばこ葉・モラセス製品自体の市場規模を指すのに対し、後者は水たばこ本体・周辺機材・ラウンジ等を含む広義の市場を指している可能性が高い。ただしAIR側の推計は当事者によるもので算出方法論は公表資料からは確認できず、絶対視はできない。
ロシア系ブランドのグローバル展開
日本国内では当研究所のフレーバーデータベース分析でも、直近1年の新規フレーバー認可でロシア系ブランド(Samurai、Sebero、Darkside等)の伸びがトルコ系を上回るという傾向が確認されているが、これは日本市場だけの現象ではないかもしれない。Darkside、Musthave、Seberoといったロシア系ブランドは、UAEで「darkside.ae」「russianshisha.ae」のような現地向け専用の販売・配送サイトを展開し、湾岸地域の小売市場に直接アクセスする流通網を構築していることが確認できる。複数の欧米系オンライン小売業者(World Hookah Market等)もロシア系ブランドを専用カテゴリーとして扱っており、欧米市場でも一定の販路を確保している様子がうかがえる。ただしこれらはいずれも小売・流通サイトの存在確認にとどまり、各ブランドの輸出額・市場シェア・売上高といった定量データを示す独立した統計・報道は確認できなかった。組織的な戦略か個別代理店の動きの集積かも、本稿の範囲では判別できない。
研究員の考察
2026年の世界のシーシャ産業地図を俯瞰すると、「資本市場化」「規制強化」「品質問題の露呈」「市場定義の混乱」という四つの潮流が同時並行で進んでいることが見えてくる。AIR Globalの上場は業界の資金調達手段を多様化させる一方、EU・ドイツでの規制強化は業界の川下(小売価格・合法市場の規模)に直接影響する動きであり、両者は同じ産業の異なる側面に作用している。オマーンでの偽造品摘発は、需要拡大とブランド価値の上昇が偽造品市場を誘引するという、成長産業にありがちな副作用が水たばこ業界にも及んでいることを示す一事例だ。
市場規模推計の幅(20億ドル台〜190億ドル規模まで)は、この産業がまだ「何を市場として数えるか」の共通定義を持たない、成熟途上の業界であることを物語る。当研究所としては、こうした推計値を引用する際は必ず算出主体と定義範囲を明記し、単一の数値を鵜呑みにしない姿勢を続けたい。ロシア系ブランドの展開についても、日本国内のデータベース分析で観測された傾向が湾岸地域での専用流通網構築という定性的な観察と方向性として一致している点は興味深く、各国の統計データが利用可能になり次第、定量的な裏付けを追っていきたい。